ふりかえり

(前回の投稿からのつづきです)

 

「自分は大した人じゃない」という自己肯定感のなさは、子どもの頃の親との関係で不本意に培ってしまった、いわゆる心の習慣。

 

私自身も思いあたることがありました。

 

兄弟関係は私が長女で2つ(1歳8か月)下に妹・その3つ下に弟がいました。

自分が気づいたときにはすでに父ー妹・母ー弟というラインが出来上がってしまっていて、きょうだい間でのもめごとで自分が絡んでいたときは、毎回自分が叱られて、相手がどちらかの親から庇われていたのでした。

親に食事やお風呂以外のことで呼び止められたら、まず

「うわ、叱られるかも!今度はなんだろ💦」

という条件反射が起こるようになって、いかに自分の存在に気づかれずに無難にやりすごすかを考えるようになっていきました。

 

そして、学校に通うようになってからは、いじめが原因でお腹が痛くなったときがありました。

母親に連れられて行った病院で診てもらっても「どこにも異常ありません」といわれたことから(きっと当時はまだ心因性の腹痛である’過敏性腸症候群’の存在が知られていなかったか、子どもがそんなのになるわけがないと思われていたのでしょう。医師からもほとんど仮病あつかいでした。)、母には「困った子だ」と思われて、目の前でもそう言われていました。

父にも「学校に行かないなんてけしからん!」と叱られて、学校を休んだ日は両親からまともに口もきいてもらえない生活でした。

  

母が仕事を休んでまで病院に連れて行ってくれたことに感謝しなきゃ!とか「このことで仕事休ませてしまってごめんなさい」とか、子どもながらに思ったりはしていましたが、その一方で「別に仕事まで休まなくてもいいし。学校休ませてくれてそっとしておいてくれるなら。べつに学校休んでも教科書あるから自分で勉強するし。」とも内心思っていました。

 

そして、母は単純に彼女の考える’母親の義務’として、(そうしなければ、父の機嫌を損ねたり近所からの評判を落として自分の立場が危うくなるから)病院に連れて行っただけであったことも、なぜかその時の自分は手に取るようにわかっていました。

 

狭義の虐待には全くあたらないのですが、下にきょうだいができて以降はそんな役割を演じる建前だけの愛もどき(?)の中でこども時代を過ごしていたため、

「自分は、愛されなくてあたりまえ」の感覚ができあがっていたのでした。

 

望んでも得られないものは、最初から望まない。

 

比較的若いころから、そんな処世術を見つけてしまったのでした。

Follow me!